「花見の花」は桜じゃなかった?―ことばの変化から見る日本文化

春になると「花見」という言葉をよく耳にします。現在では桜を見に行くことを指しますが、実はこの「花見」、もともとは桜ではありませんでした。

奈良時代、日本で観賞されていた花は主に梅でした。中国の文化の影響を受け、貴族たちは梅の花を見ながら詩を詠む行事を行っていたとされています。730年に大伴旅人が催した「梅花の宴」もその一例で、『万葉集』にはこの宴で詠まれた歌が多く収められています。この頃の「花」は、梅を指すことが一般的でした。

その後、平安時代になると、次第に桜が中心となります。宮中では桜の下で宴が開かれるようになり、「花」といえば桜を指すように意味が変化していきました。『古今和歌集』などにも桜を詠んだ歌が多く収められており、文化の中で桜の位置づけが高まっていったことが分かります。

さらに時代が下ると、桜は武士や庶民にも広まり、江戸時代には現在のような花見の形が定着しました。将軍・徳川吉宗が江戸市中に桜を植えさせたことも、広がりの一因とされています。

このように、「花見」という言葉の中の「花」は、時代とともに梅から桜へと意味が変わってきました。言葉の変化をたどることで、日本の文化の移り変わりも見えてきます。